「達磨大師の神」と話す 17

二日か三日に一回、

少々のかゆと素菜(動物性タンパクのない惣(そう)菜(ざい))を、

私はいただきました。

それを一口食べれば、全身の細胞が震えて、

やってきた食べ物を喜んで受け入れようとする身体の細胞の準備の声が聞こえました。

そして、一口食べようものなら、

震えるように吸収していく、そのすばらしさを感じました。

食べ物というものは、こうやって心にしみ渡り、

身体にしみ渡るようにして食べるのが本意であり、

美味しいからといって食べ過ぎたり、何でもかんでも食べたり、

たくさん食べ過ぎたりすることを、身体の細胞が嫌がっている様子を、

あなたは聞くことが出来るでしょう。

食べ物は、身体に活を与えるので、

身体の要求に沿って食べることです。

すなわち、身体の要求の声を聞くことです。

何を食べたいかではありません。

聞くというのは、身体の細胞の声を聞くのです。

私は、なにも蟻の声を聞いたのではアリませんよ。

伝承によりますと、達磨大師は面壁修練の最中、

少室山の麓の蟻の争いの声が雷のごとく聞こえたということです。

身体の細胞の喜びや、悲しみ、苦痛の声を、

耳を研ぎ澄ませて聞くのです。

もちろん、自然の恵みに感謝して生きるとは、

周りに活かされて生きるのですから、

周りの声を常に聞きながら生きるということです。

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